赤いライギョを追いかけて ― カリマンタン島10年越しの旅

ライギョ(雷魚)。
ヘビのような顔と模様が特徴の淡水魚であり、スネークヘッドなんて呼ばれます。
日本ではカムルチーとタイワンドジョウという2種類のライギョがポピュラーで、今では釣りの対象魚として人気です。
奥深いライギョの世界

じつはライギョという魚は、釣りのターゲットとしてだけでなく、観賞魚としても人気があります。
写真のライギョは「チャンナ・バルカ」と呼ばれる種類で、そのお値段は、なんと20万円を超えることも。
世界では30種類以上のライギョが確認されており、近年になって新種が続々と発見されたり、かつて絶滅したとされていた種が再発見されたりと、今も謎の多い魚です。
10年以上、恋焦がれた“赤いライギョ”

10年以上前。ライギョの飼育にハマっていた僕には、どうしても手に入れたい魚がいました。
それが当時「チャンナ・メラノプテルス」と呼ばれていた、赤い体色のライギョです。
この魚には少しややこしい事情があります。
昔は「黄色い個体=チャンナ・マルリオイデス」「赤い個体=チャンナ・メラノプテルス」と区別されていましたが、産地が徐々に明らかにされていくことで両者の違いがあいまいなことが分かり、現在では「チャンナ・マルリオイデス」として販売されることが一般的になっています。
(※正式な学名では“メラノプテルス”ではなく“メラノプテラ”が正しい表記です。)
最大で70〜80cmほどに成長し、タイ・マレーシア・インドネシアに分布。
産地によって体色や模様がまったく異なる——そんな奥深さに惹かれていきました。
ただ、当時は情報も乏しく、「カリマンタン島の赤い個体がメラノプテルスらしい」なんて噂レベルの話しかなく、それでも僕にとっては“幻の魚”でした。

山根
ということで前置きが長くなりましたが、今回は10年以上にわたって赤いライギョ(マルリオイデス)を追い続けた釣行記をお届けします。
10年前、ボルネオ島で始まった物語

学生だった当時の僕は、メラノプテルス(当時はそう呼ばれていました)を原産地まで“捕まえに行く”ことを決意しました。
目指したのは、世界で3番目に大きな島——インドネシアのカリマンタン島(ボルネオ島)です。
飛行機、バス、そして船を乗り継ぎ、観賞魚の採集と出荷で生計を立てていたイバン族の村に辿り着きました。

村には、イバン族ではないインドネシア人がひとりだけ滞在していました。
それが、のちに親友となるヘンリー・バロン(写真中央)です。
彼はオラウータンの調査のためこの地に滞在しており、日本人がこんな場所まで熱帯魚を釣り(捕り)に来たことに心底驚いていました。

その後、僕たち山根兄弟はバロンと何度も釣行を重ねることになります。
アジアアロワナを探したり、渓流でパプアンバスに挑戦したりと、彼と過ごした日々はどれも濃密でした。

山根
肝心のマルリオイデスはどうなったのかというと——。
不思議と縁がなく、結局のところ出会えないまま、あっという間に10年が経ってしまいました。
赤いマルリオイデスの知らせ
ある日、バロンから「真っ赤なマルリオイデスが棲む小川を見つけた」と連絡が入りました。
アメリカとアフリカでのシクリッド探しを“ひと回り”終えたと感じていた僕は、次の海外遠征先をインドネシアに決めます。

バロン(写真中央)とは7年ぶりの再会。
髪も黒く戻り、家族もできた僕を見て、バロンは笑いながら「何も変わってないな!」と言って迎えてくれました。
そして再び、彼とともにカリマンタンの奥地を目指します。

覚悟はしていましたが、カリマンタン島の玄関口・ポンティアナクからは、果てしなく遠い陸路が続きます。
運転手は2人体制(どちらもヘビースモーカー)。食事の時以外はノンストップで走り続け、十数時間……。
長時間の受動喫煙で頭がクラクラになりながらも、ようやく河畔の村にたどり着きました。

バロンがいつも船頭として雇う長老の家で、しばし団らん。
先を急ぎたくなりますが、ここはインドネシア。ゆったりと流れる時間に身を委ねます。
コーヒーを一杯。みんなの士気が上がったところで、いざ出船!

山根
地獄のような車移動とは違い、船は最高。
澄んだ空気が心地よく、ようやく旅が“釣りの時間”に変わっていくのを感じました。
そこはライギョの楽園だった

村から数時間のドライブを経て、一棟のフローティングハウスに到着しました。
バロンによると、この家は2年かけて手に入れたものだそうです。
彼との釣りはいつも船上泊やキャンプが定番ですが、水上家屋を設けるほど通いたくなるフィールドということですね。

山根
ちなみに、赤いライギョの生息地はさらに数時間先とのことで、1日ではたどり着けないことをここで知らされました。
水上家屋から試し釣り

お昼ご飯を兼ねた休憩中、水上家屋から試しに釣りをしてみることに。
僕が竿を振る前にバロンが釣り上げたのは、アーモンドスネークヘッドという名前で流通するチャンナ・ルシウス。
彼らはフォレストスネークヘッドと呼んでいました。

次にヒットしたのは、東南アジアを代表するゲームフィッシュ——トーマン。
最大で1m、10kgを超えることもある、世界最大級のライギョです。
バロンはこの魚の特大サイズを求めて、この川にたどり着いたのだとか。

僕はかなり出遅れましたが……フラワートーマンをゲット!
観賞魚業界では「オセレイトスネークヘッド」と呼ばれる人気種です。
自分で釣り上げるのは初めてだったので、素直に嬉しい一匹になりました。

山根
この魚も、語り出せば記事が一本書けてしまうくらい——僕にとって思い入れの深い存在です。
黒いマルリオイデスがヒット!

夕方、船から釣りをしていると……スピナーに良型のスネークヘッドがヒット!
網に収まった瞬間、思わずビックリ仰天。
なんと——マルリオイデスではありませんか!
体全体が黒く染まっていましたが、これはこれで抜群にカッコいい。
初めての1匹ということもあり、喜びは一気に爆発しました。

山根
長老曰く、体色は個体差ではなく釣れる場所によって違うらしいです。
晩御飯はライギョ飯

実釣初日を終えて、いよいよ晩ごはんの時間です。
言わずもがな、今夜のメインは釣った魚。
(淡水魚の中では)ライギョって本当に旨いんですよね。

フラワートーマンの素揚げと煮込み料理を囲み、バロンと昔話に花を咲かせました。
いよいよ明日は、赤いライギョが棲むという小川へアタックする日。

山根
今夜だけは、どうか雨が降りませんように——そう願いながら眠りにつきました。
倒木に閉ざされた迷路を、記憶だけを頼りに進む

フローティングハウスを出発して数時間。
支流の、さらにそのまた支流——水深1mもないような細い川へと入っていきました。
当然ながら地図には載っておらず、航空写真で確認しようにも木々に覆われていて見えません。
GPSも使わずによく記憶だけで来れるよな、と感心するほどの迷路っぷりです。

山根
「この川だよ」と言われて、真っ先に気づいたのは水の色の変化でした。
黒に近い茶色だった水が、赤みやオレンジを帯びた不思議な色合いに変わり、透明度もぐっと上がっています。

倒木を地道に切り開きながら進んでいきますが……切っても切っても先に進めず、気づけば時刻は11時を過ぎていました。
トーマンやオセレイトの姿は消え、釣れれば赤いマルリオイデスだけ——。
そんな核心部がさらに上流にあるらしいのですが、残念ながら今回はここで遡行を断念することに。

山根
1か月前は本流の水位が3mも高く、容易に上がれたそうですが、今回は大苦戦……。
こればかりは行ってみなければ分かりませんね。
開始早々、痛恨のバラし

それでも、実釣にして2時間分ほどの区間は赤いマルリオイデスを狙えるチャンスがあると聞かされ、モチベーションを上げて釣りを開始します。
船で小川を下りながらスピナーベイトを引いてくると、倒木の陰から赤い魚影が飛びかかってきました!
フックアップも決まり、頭もこちらを向いて——あとは寄せるだけ! ……のはずが。
突然、デスロールのような激しい回転が始まり、フックオフ……。
頭の先から尻尾の模様まで、すべて見えていたのに。

山根
今でも鮮明に“脳内スクリーンショット”として焼き付いているほど、悔しい出来事でした。
ブッシュに突っ込まれて万事休す——船頭が飛び込んだ!

悔やんでいる暇なんてない。
キャストを続けていくと、再び倒木の陰でヒット!
今度は一瞬でブッシュに突っ込まれて万事休す——と思いきや、ドライバーのぺペンと船頭が、ためらうことなく川へ飛び込みました。
ブッシュの上には緑色の毒ヘビまでいて肝を冷やしましたが、彼らの必死な姿から、赤いライギョの貴重さを改めて実感しました。
そして、水中での格闘の末に揚がってきたのは……。

なんとトーマン。
——なんとも言えない空気がジャングル奥地の赤い小川に漂いました。

山根
間違いなく、バロンから一生ネタにされる出来事になりました。
その後も、スピナーベイトに掛かってくるのはトーマンばかり。
源流部まで行けなかったのが運の尽きか——。
そう思い始めたその時、再び激しい回転ファイト!
マルリオイデスを確信し、一気にリールを巻き取ってネットへ。
ついに、夢にまで見た“赤いライギョ”が姿を現しました。
またひとつ、夢が叶った

太陽光を浴びたその体色は、想像以上の鮮烈な赤。
これを現地で見たくて、ここまで来たんです。
多くの釣り人には理解されないかもしれませんが、僕にとってはピラルクやナイルパーチと並ぶ憧れの魚。
だからこそ、胸を張って言えます。
「またひとつ、夢が叶った」と——。

黒いバンド模様が太いため、最初に釣れた黒化個体と同じように見えるかもしれませんが、よく見るとしっかり赤い縞模様が入っています。
動画を撮影しているうちに魚が落ち着き、赤みがどんどん濃くなっていきました。
太陽光に照らされると、まるでブラックベリーのような深い赤。
この色は本当に印象的でした。

山根
水槽でこの発色を再現するのは難しいでしょうし、やはり僕のような“にわかアクアリスト”は、現地で釣るしかないんだな——そう実感した瞬間でした。

もっといろんな角度から写真を撮りたかったのですが、隙を突かれて逃げられてしまいました。
それでもいいんです。自分の目でしっかりとその姿を見られた。
それだけで、一生忘れられない時間になりました。
体色の違いは、水質のせいなのか

ジャングル滞在の最終日。
バロンの希望で、10kgオーバーの実績も多いトーマン狙いの支流へ向かうことになりました。
水の色は昨日よりもさらに赤みを帯びており、マルリオイデスの発色にも期待が高まります。
とはいえ、この支流ではイエロータイプが多く、そもそもトーマンがメインのポイント。
マルリオイデスがヒットする確率は、かなり低いとのことでした。
イエロータイプが現れる

それでも、バロンがこの川を選んだ理由がすぐに分かるほど、次々と魚がヒットします。
そんな中、またしても高速回転する強烈なファイト——!
上がってきたのはビッグサイズのマルリオイデス。
しかも、見事なイエロータイプです!

山根
昨日の1匹目をバラした不運を取り戻すような、まさに“ヨリモドシ”が来たなと思える幸運な一匹でした。
締めはやっぱこの魚

楽しい時間は本当にあっという間。
けれど、この3日間のために、何か月も前から頑張れるんですよね。
ジャングルでの滞在時間が残りわずかになったころ、僕のルアーに強烈なバイトがありました。
「スネークヘッドの王様は俺だぜ!」——そう言わんばかりに、大きなトーマンが旅の最後を華やかに締めくくってくれました。
別の旅へ、またいつか

今回の釣行で、赤いマルリオイデスを釣ることができたのは1匹だけでした。
けれど、その1匹がすべてを報いてくれた気がします。
最後に、バロンが釣った真っ赤な個体の写真も紹介しておきます。
水槽ではこの鮮やかな赤を維持するのは難しいと分かっていながらも、アクアリストの端くれとして、いつか自分の手で育ててみたいものです。

ちなみに、僕は当時高額で取引されていたメラノプテルスの産地を知らないので、今回釣ったマルリオイデスを“本物のメラノプテルス”だとは思っていません。
ただ、当時の僕が憧れていた“赤い個体”が、こうして現地で姿を見せてくれたのだと思うと、感慨深いものがあります。
3か所でそれぞれ色の違う個体を観察できたことで、マルリオイデスという魚の奥深さを改めて感じました。
今回はこれで十分満足。
次はまた、別の美しい魚を求めて、バロンとカリマンタンを旅したいと思います。






