幻の魚「ヤマトイワナ」

渓流釣りを楽しむようになると、自然と幻のイワナであるヤマトイワナの存在を意識するようになるものです。
今回は日本各地で“それらしいイワナ”と出会ってきた僕の経験をもとに、ヤマトイワナと呼ばれる魚について、ご紹介します。
山根
本記事はあくまでも、僕の推測や経験談ですのでご容赦ください。科学的な事実については、研究者の方々がいつの日か明確に示してくれることを期待しています。
日本に生息するイワナの種類について
イワナとは

イワナはサケ目サケ科イワナ属に分類され、最大で40〜80cmに成長する冷水性の魚です。
一般的に山間部の渓流や源流に生息しますが、水温の低い山上湖やダム湖、北海道や一部の東北地方では、海でも釣ることができます。
イワナの亜種について

イワナという魚種には、現在4つの亜種が存在するという考え方が主流となっています。
山根
亜種とは、同じ種内においてもある程度の識別可能な違いを持つ個体の集団を指します。
ヤマトイワナ

ヤマトイワナは中部地方の太平洋側や近畿地方の一部の河川に生息します。
成魚のヤマトイワナは体側に橙色(だいだいいろ)の斑点があり、白斑(はくはん)はほとんどありません。
ニッコウイワナ

ニッコウイワナは日本海側では東北地方から鳥取県、太平洋側では東北地方から関東地方にかけてと近畿地方の一部の河川が本来の生息域であるとされ、現在は放流により日本各地に広がっています。
体側には白斑と朱点(しゅてん)の双方が見られます。
アメマス(エゾイワナ)

アメマス(エゾイワナ)は東北地方から北海道にかけて生息し、海に降りる個体もあります。
一般的に河川に留まるものをエゾイワナ、湖や海に降りたものをアメマスと呼びます。
はっきりとした丸い白斑が、エゾイワナおよびアメマス最大の特徴です。
ゴギ

ゴギは中国地方に分布し、頭に虫食い模様があるのが特徴です。
白斑と朱点の数は生息している河川ごとに異なり、様々な模様を持つゴギが存在します。
イワナの交雑について

このように、イワナには4つの亜種があり、河川ごとに模様や特徴が少しずつ異なります。
イワナは何十万年もの歳月をかけて、各生息域ごとに独自の進化を遂げてきました。
しかし近代、ニッコウイワナの全国的な放流により天然魚との交雑が進み、生態系に影響を及ぼしています。
とくに、ヤマトイワナの生息地では、白斑を持つニッコウイワナが増え、外見的なヤマトイワナの特徴をもつ魚が減少しています。
このため、資源管理や保護目的であっても、他河川からの放流には慎重であるべきとの考え方が広まりつつあります。
山根
ヤマトイワナが「幻のイワナ」と呼ばれる理由の一つは、交雑によって白斑が無い個体が減少している点にあります。
様々なヤマトイワナたち
ヤマトイワナにも多様性?

実際にイワナ釣りを楽しんでいると、イワナという種類の魚に4つの亜種があったように、ヤマトイワナにも様々なタイプがあると感じます。
ここでは、各河川で釣れたイワナの写真をご紹介します。
木曽川水系

ヤマトイワナの聖地、木曽川水系の個体。
長良川水系

真っ黒な体色が特徴的な長良川水系の個体。
富士川水系

パーマークが特徴的でトラ柄を連想させる富士川水系の個体。
天竜川水系

日当たり良好な明るい沢で釣れた、白い体色が特徴的な天竜川水系の個体。
大井川水系

メタリックな印象を受ける大井川水系の個体。
琵琶湖・淀川水系

白斑だけでなく朱点も目立たない琵琶湖・淀川水系の個体。
ヤマトイワナ釣りのあるある言いたい
山根
ここからは、イワナ釣り師なら共感必至?の、ヤマトイワナの探釣あるあるを、いくつかご紹介いたします。
白斑の有無に一喜一憂

ヤマトイワナの生息域であったとしても、ニッコウイワナが放流された経緯のある河川では、白斑の多い個体から、目立たない個体まで色々なタイプのイワナがお目見えします。
イワナが釣り上がる度、白斑の有無に注目し、一喜一憂してしまうことがあります。
純血と表現したくなる

白斑が無いイワナが釣れる“純血のヤマトイワナ”とつい表現したくなるのもよくある現象です。
しかし、ニッコウイワナとの交雑個体でもヤマトイワナ特有の外見的特徴を持つ場合があるため、外見だけで「純血」と判断するのは適切ではありません。
源頭部で変わるイワナの雰囲気

大きな滝や砂防堰の上、伏流区間の先、本流に流れ込む小さな支流など、狭くて水量が少ない場所に入り込むと、今まで釣れていたイワナと見た目がガラッと変わることがあります。
これは、イワナが自力で遡上できない自然の障壁や人工の構造物によって、放流の影響を受けていない個体群が孤立して残されているケースです。
本来は河川環境に悪影響を与えるとされる砂防堰が、皮肉にも放流魚との交雑を防ぎ、在来のイワナ個体群を保護する役割を果たしている例もあります。
モヤっとしながら帰路につく

イワナの探釣は毎度上手くいくものではありません。
源頭部に魚が居ないこともよくありますし、白斑の多いイワナばかり釣れることも日常茶飯事。
例え、ヤマトイワナっぽいイワナが釣れたとしても、その魚のルーツは、釣り人でしかない僕たちには何も分かりません。
山根
でも、このモヤっと感がイワナ釣りの醍醐味だったりするんですよね。
ヤマトイワナは模様だけでは判断できない
イワナの模様は変化する

じつは、イワナの模様は、成長段階や生息環境によって変化することがあります。
ヤマトイワナの特徴とされる白斑は、個体の成長に伴い薄くなる傾向があると僕は感じています。
例えば、若いイワナの白斑を交雑と誤解してリリースし、数年後に尺上になった同じ個体を釣り上げ「白斑が無いぞ!」と喜ぶ。なんてことが起こりうるということですね。
ヤマトイワナのように思えても……

もっと、話しをややこしくすると、極稀にニッコウイワナの生息域に白斑を持たないイワナが棲息していることがあります。
殆どの個体が白斑を持たない沢、数十匹に1匹程度の割合で白斑が無いイワナが釣れる場所、尺サイズ前後になると白斑が無くなる場所……。日本中の山を釣り歩いていると色んな沢に行き当たります。
白斑はあるけれど……

一方で、白斑があるけれど正体はヤマトイワナだったというパターンもあるようです。
つまり、もはや外見だけではヤマトイワナやニッコウイワナ、交雑イワナの判別はできないと言わざるを得ません。
遺伝子の解析によって明らかになりつつある

近年では、イワナの自然集団が持っている遺伝的な多様性を今後も維持・管理していくために、DNAを用いた科学的な調査が始まっています。
その結果、外見的な特徴と遺伝子の解析結果が必ずしも一致しないことがあるということが分かっています。
結論:模様だけでは判別できません

何とも歯切れの悪い最後となってしまいましたが、実際にヤマトイワナを取り巻く環境や情報は混沌としています。
便宜上、今回のようにヤマトイワナという単語を使うこともありますが、自分の理解が深まるまでは、できる限りどんな個体も“イワナ”と呼ぶようにしたいなって、僕は思っています。
撮影:山根央之