魚に“優しい”とはどういうことなのか?

「釣り人は」と語り始めると、ずいぶん主語が大きくなります。
釣り方も、狙う魚も、魚との向き合い方も人それぞれです。本来なら、ひと括りにできるものではありません。
それでも、釣り人は何割くらいが優しさでできているのでしょうか。
「バファリンの半分は、やさしさでできている」
あまりにも有名な言葉です。
昔から余計なことばかり考える私は、「半分ってどういうこっちゃねん! その半分いらんから半額にして〜な〜」などと、勝手に突っ込んでいました。
もちろん、本当に「やさしさ」という物質が入っているわけではありません。
頭が痛ければ、痛みを抑えるために頭痛薬を飲みます。
バファリンには、痛みを抑える成分だけでなく、胃への負担を抑える働きをする成分も配合されています。
痛みはしっかり抑えたい。でも、そのために生じる負担はできるだけ小さくしたい。
そんな考え方を「やさしさ」と表現したわけです。
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そして、この話。
少し釣りにも似ている気がするのです。
「魚に優しく」と言う資格はあるのか?

ネットを眺めていると、「釣り人は総じてクソ」「自分の釣果のことしか考えない」といった、なかなか景気のいい暴論に出会うことがあります。
たしかに釣りは、生き物や環境への負荷が目に見えやすい遊びです。
魚の口に針を掛け、ときには水から上げ、手で触り、写真を撮る。
そんな遊びをしながら「魚に優しく」と言えば、「そもそも魚を傷つけているだろ」と返されることがあります。
その指摘には、否定できない部分があります。
魚への負担をゼロにするなら、釣りをしない。それが最も確実です。
ただ、負担をゼロにできない行為は、すべてやめるべきなのでしょうか。

「人間は地球の癌です。地球のために全員いなくなってくれませんか」
ある日、宇宙人がやってきて、そう言われたとして、「はい、喜んで!」と答える人はどれくらいいるでしょうか。
人間が地球に負荷をかけているからといって、人間そのものをなくすのではなく、私たちは暮らしながら負担を減らす方法を考えます。
釣りも、それに近いのではないでしょうか。
魚に針を掛ける以上、負担はゼロにはできません。だからといって、配慮してもしなくても同じではないはずです。

ゼロか百かではなく、その間で何ができるのか。
少なくとも、魚への負担を少しでも減らそうと考えることまで、無意味だとは思いません。
仕事柄、SNSで魚の扱いに思うところのある写真を目にすることもあります。
正直、「その魚の扱い、本当にそれでいいんですか」と言いたくなることもあります。
でも、そうやって他人を裁くより、まず自分の釣りに同じ問いを向ける。そのほうが私には向いています。
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私にあるとすれば、資格ではなく責任です。
魚を傷つける側にいるからこそ、その負担について考え続ける責任はあるのだと思います。
私なりに選んでいる「配慮」
ここからは、私が普段のバス釣り(C&R)で意識していることを書いていきます。
ただ、あえて「やさしさ」ではなく、「配慮」と呼ぶことにします。
「やさしさ」という言葉には、どうしても人柄への評価がついて回ります。私はここで、「魚にも優しい、できた釣り人です」と聖人認定を取りにきたわけではありません。
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これから書くのは、あくまで私自身がどう考え、どこに線を引いているのかという話。
それぞれの釣り方や考え方があることを前提に、ひとつの例として読んでもらえればと思います。
フックはバーブレスに。できるだけ本数も減らす

私は、フックをできるだけバーブレスにしています。
そうするようになったきっかけには、過去の苦い経験があります。
掛かりどころが悪く、針を外すのにひどく苦労した魚がいました。なんとかリリースはしましたが、その後も無事だったのでしょうか。
今でも、ときどき思い出します。
そして、きっとあの魚だけではありません。
それ以来、カエシを潰すだけでなく、針そのものの本数もできるだけ減らすようになりました。
例えば、トリプルフックを2本搭載しているルアーなら、ダブルフック2本に替える。
単純計算で、針先は6本から4本になります。

私の大好きなルアー、ラッキー13は、もともとトリプルフックを3本備えているので、針先は合計9本です。
私はこれをダブルフック2本に替え、計4本まで減らしています。
こうした古いルアーの多くは、今とは釣りを取り巻く価値観も違う時代に生まれています。
魚を持ち帰ることが今より一般的だった時代なら、確実に魚を掛けるため、多くの針を備えることにもそれなりの合理性があったのでしょう。
ただ、C&Rを前提とした私のバス釣りでは、9本の針先はさすがに多いと感じたのです。

とはいえ、トラウトアングラーが多く採用しているシングルフックにまで、すべて置き換えているわけではありません。
多くのルアーではバーブレスのダブルフックを使っていますが、今でもトリプルフックを残しているものもあります。
フックを替えることでリグに絡みやすくなったり、ルアー本来の動きが崩れたりすることがあるからです。
魚へのダメージを減らすことだけを優先するなら、針の本数はさらに減らしたほうがいいのかもしれません。
それでも私は、魚への配慮だけを最優先にしているわけではありません。好きなルアーをきちんと動かしたいし、できることなら魚も釣りたい。
だから、すべてを理想の形に変えるのではなく、自分の釣りを楽しめる範囲で、減らせる負担は減らしていく。
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その折り合いをつけた結果が、今のスタイルです。
写真撮影に時間をかけない

一期一会の貴重な出会い。写真に残したいですよね。
私も同じです。ただ、そのために魚が水の外にいる時間を必要以上に延ばしたくはありません。
だから私は、「一匹につき一枚、一構図」。一人で釣っているときは、自撮りもしません。
もちろん、たるんだフェイスラインと、ぽっこり出たお腹を、わざわざ記録に残したくないという個人的な事情もあります。
でも一番の理由は、魚をできるだけ早く水へ戻したいからです。

フィッシングメジャーも持たなくなりました。
メジャーを持っていると、どうしても測りたくなります。口先をゼロに合わせ、尾びれを整え、せっかくならタックルも添えたくなる。そうしているうちに、一枚の記録のために思っている以上の時間を使ってしまいます。
もちろん、手際よく済ませられる人もいるでしょう。ただ、私はそうではありません。
だから、最初から測らない。写真も一匹につき一構図と決める。
もちろん、何枚も撮りたくなる魚に出会えば、その通りにできないこともあるでしょう。
それでも、普段から「できるだけ早く水へ戻す」と意識しておけば、その場での判断は変わります。
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大切なのは、決めたことを完璧に守ることではありません。
自分がどう行動したいのかを、あらかじめ意識しておくことです。
でも結局は自分のため。それでもいいのかもしれない

そもそも、バーブレスにすることも、魚を早く水へ返すことも、突き詰めれば自分のためなのかもしれません。
針がなかなか外れず、弱っていく魚を見たくない。リリースしたあとに「あの魚、大丈夫だっただろうか」と引きずりたくない。
私は、そんな嫌な気持ちをできるだけ味わいたくないのです。
だから、それを「魚のためです」と言い切ると、少し格好をつけすぎているように感じます。
結局のところ、先にあるのは、気持ちよく釣りを続けたいという、自分の都合。
そこに立派な理念があるわけではありません。
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でも、その結果として魚への負担が少しでも減るのなら、それでもいいのかもしれません。
「魚のため」と思っている方法も疑ってみる

自分が「魚のため」と思って選んでいる方法そのものは、本当に魚にとっていいのでしょうか?
私は魚の専門家ではありません。自分の行動によって、魚のダメージや生存率がどう変わるのかを検証してきたわけでもありません。
多くは、人から聞いた話や見聞きした情報をもとに、「どうやらこちらのほうが良さそうだ」と判断しているにすぎません。
だからこそ、自分が正しいと思っている方法も、ときどき疑ってみる必要があるのだと思います。

例えば、バスアングラーが、普段ブラックバスを扱うのと同じ感覚でトラウトを扱い、その様子をネットに上げたとしましょう。
おそらく、大炎上は免れません。
では、なぜ同じような扱いが、バス釣りでは許容されているのでしょうか。
もちろん、魚種によって適切な扱い方が違うという面はあります。ただ、それだけではなく、それぞれの釣りには「魚をどう扱うべきか」という独自の常識があります。
では、バス釣りの常識は、今までのままでいいのでしょうか。
トラウトとまったく同じように扱うべきだ、という話ではありません。ただ、他魚種の釣りで当たり前とされている配慮の中には、バスアングラーが学べることもあるはずです。
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「この魚種では昔からこうしてきた」という理由だけで、自分たちの方法を正解にしてしまわない。
ときには他魚種の常識に目を向けてみることで、学ぶべきことや、反省すべきことも見えてくるように思います。
魚を残すための考え方は変化している

海の釣りでも、魚を残すための考え方は変化しているように見えます。
以前から「小さい魚はリリースしましょう」という考え方はよく聞きます。
一方で最近では、小さな魚だけでなく、産卵に関わる大きな魚も水へ戻そう、という考え方を目にすることがあります。
さらに、見直されているのは魚のサイズや産卵期だけではありません。

サケやトラウト類では、高水温時の釣りそのものを制限する考え方もあり、カナダでは実際に水温上昇を理由とした釣り場の閉鎖や時間制限が行われています。
そう考えると、私がバス釣りのシーズンだと思っている真夏も、魚にとって常に負担の少ない時期とは限りません。
自分にとって都合のいい季節と、魚にとって都合のいい状況が、いつも一致するとは限らないのです。
小さな魚を残すべきなのか。大きな親魚を残すべきなのか。あるいは、釣る時期や水温まで考えるべきなのか。
おそらく、ひとつの答えですべての釣りを語ることはできません。
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昨日までの自分の正解を、そのまま明日の正解にしない。
新しい知見に触れながら、自分の釣りを少しずつ更新していけばいいのだと思います。
釣りの効能と副作用

私自身、ときどき心の傷を癒やしに釣りへ行きます。
頭が痛いときに、頭痛薬を飲むようなものです。
水辺に立ち、ルアーを投げていると少し楽になる。私にとって釣りには、たしかにそんな効能があります。
ただ、薬に副作用があるように、釣りも自分だけを癒やして終わる行為ではありません。
魚には針を掛け、釣り場まで車で移動し、道具を作るにも資源を使います。
自分が受け取る楽しさは、何かの負担の上に成り立っている。
だからこそ、その負担を少しでも小さくしたいと思います。

バファリンの半分は、やさしさでできている。
では、私の釣りは何でできているのでしょうか。
その大半が「釣りたい」という欲望でできていることは、疑いようがありません。
残りは、優しくありたいという気持ちなのか。罪悪感なのか。あるいは、釣りを続ける自分を納得させるための理屈なのか。
たぶん、それらはきれいに分けられるものではありません。
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ああ……考えすぎて頭が痛くなってきました。
釣りに、釣りに行かなきゃ……。
出典表記のない撮影:uoppay
※本記事は、ブラックバスのキャッチ&リリースが認められている釣り場を前提としています。地域や水域によっては、条例や漁場管理委員会の指示などにより再放流が禁止されている場合があります。釣行の際は、各自治体や釣り場の最新ルールをご確認ください。
