本記事で使用されている画像の一部は、画像生成AIを使用して生成されたものでありフィクションです。登場する人物、団体、名称、場所などはすべて架空のものであり、実在するものとは一切関係ありません。
「ワインが嫌い」と言うと、決まって返ってくる言葉

「君は、本当に美味しいワインを飲んだことがないんだよ」
私は、あれがどうにも苦手です。
好き嫌いは、経験の量や質で測れるものではありません。
嫌いなものは嫌いで、それ以上でも以下でもないはずなのに、なぜか“理解不足”として片づけられてしまいます。
そして、少し困ったことに、釣りの世界になると、私がその“苦手な人”になってしまうのです。

「ワームが嫌い?それは、君がまだワームの本当の良さを知らないんだよ」
そんな評論家みたいなセリフを、つい言いたくなります。
だって、ワームは本当に良いものなんです。釣れますし、ルアー釣りの面白さもある。
それでもなお、ワームは嫌われがちです。
むしろ、ルアーの話になると「ハードルアー(プラグ)が好き」と言う人のほうが多く見える気さえします。
ワームが悪いわけではありません。おそらく厄介なのは、その周りにまとわりつく“感情”です。
今回はそのあたりを、少しだけ冷静に考えてみたいと思います。
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なお、先にお伝えしておくと、この記事は誰かを論破するためのものではありませんし、ワームを無理に使わせたいわけでもありません。
ただ、ワームの良さと、その楽しさを、自分の言葉で整理してみたいだけです。
ワームはダサ(セコ)い?──その感覚はどこから来たのか

最近釣りを始めた人にとっては、こうした感覚はピンと来ないかもしれません。
現在、チニングやメバリング、アジングでも、ワームは当たり前のように主戦力です。
それでも一部のジャンルでは、この“なんとなくの違和感”がいまだに残っています。
では、「ワームはダサい」と感じてしまうこの感覚は、どこから来ているのでしょうか。

ルアーフィッシングにおいて、ワームが広く使われるようになったのはバス釣りからだと考えられています。
そして、その価値観がシーバスやトラウトなど他の釣りにも広がっていきました。
バス釣りには、いつの頃からかこんな空気がありました。
ハードルアーで釣ってこそカッコいい。
ワームはどこか“邪道”。
明確なルールではありませんが、それは次第に一つの“美学”として定着していきます。

その背景には、初期ワームの形状も影響しているはずです。
ミミズのような見た目は餌釣りを連想させ、ルアー釣りの前提から外れるように感じられたのかもしれません。
一方で、プラグは魚の形をした異国のルアーとして広まり、釣具でありながら玩具や芸術品のような魅力を持っていました。
それは「これで釣る」という行為そのものに、特別な価値を与えていたのです。
だからこそ、ワームはどこか“別物”として扱われ、その美学だけが他ジャンルへとスライドしていきました。

結果として残ったのが、「ワームを使う=少し引け目」という曖昧な感覚です。
理屈ではなく、空気として受け継がれてきたものだからこそ、いまだに残っているのかもしれません。
そして現代でも、「本当はプラグで釣りたい」「今日は仕方なくワーム(ゴム)で」といった意識は、どこかに残っています。
理由として挙げられるのは、「釣れすぎる」「ズルい気がする」「餌っぽい」「それなら餌でいいじゃん」といったものですが、いずれも客観的な根拠ではなく、主観的な感覚に過ぎません。
言い換えれば、「ワームがダサい」のではなく、「自分の好みに合わないものをダサいと呼んでいる」だけの話です。
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冷静に見れば、ハードルアーもワームも同じプラスチックで、違いは硬いか柔らかいかだけ。
それでも私たちは、「ハードはカッコいい」「ワームはダサい」といった価値を乗せてしまうのですから、なんとも面白いものです。
カッコ良さ・ダサさの正体とは
例えば——

「ビッグベイト以外は全部ダサいよ」
な〜んてドヤ顔で言われれば、どんな人でも違和感を覚えるはずです。
しかし、それと同じ構造のことが、ワームにも向けられています。
ルアーに対する評価には、知らず知らずのうちに“自分なりの基準”が入り込んでいる。
ワームを巡る違和感の正体は、その無意識の線引きにあるのかもしれません。
ここまでの話で、「ワームがダサい」という事実があるわけではなく、それがあくまで主観や思い込みに基づくものである、という点は見えてきたのではないでしょうか。

それでもなお、どこか腑に落ちない感覚が残るのであれば、少しだけ別の角度から考えてみましょう。
革靴がカッコいいと思う人もいれば、スニーカーのほうがカッコいいと感じる人もいます。
高級時計に価値を見出す人もいれば、スマートウォッチのほうが合理的で美しいと感じる人もいます。
「スーツを着る仕事なんて絶対にしたくない」と思う人もいれば、「スーツを着る仕事こそカッコいい」と感じる人もいるでしょう。
どちらが正しいという話ではありません。
それぞれが、自分の価値観の中で「カッコいい」と感じているだけです。
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すべては相対的なものであり、見る人によって評価は変わります。
ワームとハードルアーの関係も、これに近いものと言えるのではないでしょうか。
ワームの良さを届けたい

カッコよさは、たいていの場合、原体験と憧れによって形づくられます。
そうした価値観に対して、理屈で「ワームはダサくない」と説明したところで、その前提が大きく揺らぐことはないでしょう。
ただ、届けたい人はいます。それは、「なんとなくダサい気がする・つまらない気がする」と感じながらも、どこかで引っかかりを覚えている人です。
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もしその感覚に少しでも迷いがあるのなら、ワームを別の角度から見る視点もある——そのことだけは、知っておいてもよいのではないでしょうか。
よく釣れる

ワームがよく釣れることは、あらためて説明するまでもないと思います。
理由については別記事で詳しく触れていますが、シンプルに言えば「生き物らしさ」を誰でも手軽に演出できる点が強みです。
それが、結果としての釣果につながっています。
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ただし、ワームだけで釣りが成立するわけではありません。
ワームの力を過信するあまり、釣り負けた経験も少なくありません。
考える楽しさが無限にある

「ずっとワームをちょんちょんして何が面白いのか」そんな声を聞くことがあります。
ですが、それは使い方を自分で狭めてしまっているだけです。
種類やサイズ、リグ、シンカーの重さ、フックの大きさ、動かし方、出すタイミングなど、どれを取っても選択肢があり、そのすべてが釣果に関わってきます。
ワームで釣り込んでいる人ほど、その“細部の積み重ね”が結果を左右することを知っています。
逆に言えば、それだけ考える余地があるということです。ワームの面白さは、この無限に近い試行錯誤にあります。
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村上晴彦さんが、楽しそうにリグを組んでいる姿を見ていると、釣りの腕はもちろんのこと、釣りを楽しむという行為そのものに長けた人なのだと感じます。
スローな釣りという誤解

ワームは「展開が遅い」と言われがちですが、それはスローに使っているだけの話です。
例えばシャッドテールを巻けば、十分にスピード感のある釣りが成立しますし、セッティング次第でいくらでもアピールを強めることもできます。
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つまりワームは、遅い釣りの道具ではありません。使い手次第でいくらでも表情を変えられる、自由度の高いルアーです。
安い

ワームの魅力は、価格の手軽さにもあります。
フックやシンカーなどリグを揃える必要はありますが、ひとつひとつの単価は低く抑えられ、導入のハードルは決して高くありません。
お小遣いの範囲で楽しむ人や、コストを意識するアングラーにとっては、大きな利点です。
ロストは釣りである以上避けられませんが、ハードルアーと比べれば経済的な負担は軽く済みます。
その気軽さが、より踏み込んだアプローチや試行錯誤を可能にしている側面もあるでしょう。
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ただし、その手軽さを理由に、過度にリスクの高い攻め方をしたり、根掛かりの回収を安易に諦めたりすることとは、本来切り分けて考えるべきです。
ワームの気になる点

唯一無視できないのが、環境負荷という視点です。
ワームは、ファイト中に千切れて飛んでいったり、魚にかじられたりと、水中や魚の体内に残りやすい側面があります。
また、水中に残されたワームを魚が誤って口にしてしまう可能性も指摘されています。
これはワームだけの問題ではありませんが、手軽に使える道具だからこそ、扱い方には少し意識を向けておきたいところです。

そしてもう一つ、大前提として外せないのがレギュレーションの存在です。
ワーム禁止のフィールドや、エリアトラウトのように使用が制限されているケースもあります。
そうしたルールは必ず守るべきものであり、議論の余地はありません。
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自由に使える場面であってこそ、その楽しさは成立します。
その前提は、常に押さえておく必要があります。
使わない自由も、使う自由もあります

そもそも、カッコいいかダサいかという話ではありません。
結局のところ、それは好きか嫌いかという個人的な感覚に過ぎず、そこに優劣を持ち込むものでもないはずです。
むしろ、その優劣で語ろうとする姿勢そのものが、少し野暮に見えてしまうのかもしれません。
その対象にどれだけ魅力を見出せるか、あるいは見出そうとするかどうか——違いはそれだけです。
ワームが苦手であれば、それは無理に変える必要はありません。
ただ、その「苦手」が単なる食わず嫌いなのか、あるいはどこかで刷り込まれた価値観によるものなのか。
一度立ち止まって考えてみる余地はあるのかもしれません。
私自身、この記事を書こうと思ったきっかけも、「苦手の克服」にあります。
かつて私は、四半世紀以上、納豆が苦手でした。ですが、娘の食べ残しを口にするうちに、いつの間にか大好物になっていました。
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選択の幅が広がると、世界が少しだけ豊かに見える。
そんな経験があるからこそ、釣りでも同じように、誰かの選択肢が広がればいいと思ったのです。
カッコよさは、変化していい

一時期、ハードルアーのカッコよさに強く惹かれていたことがありました。
しかし、あるとき、ふと考えました。
「あれ、そもそも“カッコいい”って、なんだっけ?」と。
これまで、戦隊ヒーローに始まり、ミュージシャン、バスプロ、映画監督に小説家と、いわゆる“分かりやすいカッコよさ”を体現する人々に魅了されてきました。

そうした対象は、その時々で自然と移り変わっていきます。
今でもそれぞれに対するリスペクトは変わりませんが、かつてのように、その価値観に無条件で同調することはなくなりました。
つまり、「カッコいい」という感覚そのものが、自分の中で更新されてきたのです。
そう考えたとき、ある疑問が浮かびます。その基準に、あえて縛られる必要があるのだろうか、と。
もっと自由に、もっと素直に、釣りを楽しんでもいいのではないか——そんなふうに思うようになりました。

私が人生で初めてブラックバスを釣ったのは、もう30年以上前のことです。
ヒットルアーは、上州屋で買った「OZARK BAIT Co.のSuper Bite X」。2インチほどのシングルテールグラブでした。
今となっては、そのルアーの存在を知る人はほとんどいないでしょう。
ただ当時の私は、ブラックバスをルアーで釣った。自分で工夫したリグで釣った——ただそれだけで、十分に誇らしかったのを覚えています。
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できることなら、もう一度あのワームで、あの思い出の湖でブラックバスを釣ってみたい。
そんなことを、ふと思う今日この頃です。
筆者の思い出のルアーはすでに廃盤となりましたが、同じように“最初の一匹”を支えてきた存在として、エコギアのグラスミノーSやMを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
発売から20年以上にわたって活躍し続けるロングセラー。扱いやすさと実績を兼ね備えた、まさに定番中の定番ワームです。
本記事で使用されている画像の一部は、画像生成AIを使用して生成されたものでありフィクションです。登場する人物、団体、名称、場所などはすべて架空のものであり、実在するものとは一切関係ありません。
