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釣りを理由に人生を変えた。東京の広告マンが“海のある暮らし”を選ぶまで

釣りを理由に人生を変えた。東京の広告マンが“海のある暮らし”を選ぶまで

「釣りがしたい」。その気持ちをきっかけに、東京の広告代理店を辞め、徳島県海部郡へ移住した“さんくん”。

海の近くで暮らして見えてきたのは、理想だけではないリアルな地方生活でした。

釣り、地域、人とのつながり——移住5年目を迎えた今だからこそ語れる、“釣り移住”のリアルを伺いました。

目次

移住と釣りと地域おこし

釣りがしたい。その気持ちだけで、人生は案外動いてしまう。

釣りがしたくて、引っ越しました。

そう話すのは、徳島県海部郡に移住して5年目を迎える石橋山河(いしばし さんが)さん。通称「さんくん」です。

大阪で生まれ、東京で育ったさんくん。大学卒業後は東京の広告代理店に就職し、忙しい日々を送る傍ら、毎日のように荒川や隅田川でシーバスを狙い、休日には片道1〜2時間かけて海へ通う熱狂的な釣り人でした。

しかし、子どもの頃から抱いていた「田舎暮らしがしたい」「釣った魚を食べて生活したい」という思いは、年々強くなっていったといいます。そして就職から2年後、ついに移住を決意。

当時は四国に一度も訪れたことがなかったにもかかわらず、「地域おこし協力隊」の制度を利用して、直感で徳島県海部郡へと飛び込みました。

都会の喧騒を離れ、海と自然に囲まれた新天地へ。釣りを理由に住む場所を180度変えたさんくんに、移住を決断したリアルな理由から、田舎ならではの釣りのある暮らしの実態、そして移住して5年が経った今の率直な思いまで、たっぷりとお話を伺いました。

釣りにハマり、「通う」から「住む」へ

週末だけでは、もう足りなくなっていた。

——まず、釣りを始めたきっかけを教えてください。

大学時代、ずっと続けていたテニスを引退したあと、友人と神奈川県の沖堤防へ行ったのが、ルアー釣りを始めたきっかけでした。

正直、その時までは「ルアーで魚なんて本当に釣れるの?」と思っていたんです。でも実際にやってみたら、いきなり思わぬ大物がヒットして。

5分くらい格闘した末に、最後はラインが切れてしまったんですが……多分、大型の青物だったと思います。その悔しさが強烈に残って、そこから一気にハマりました。

——そこから移住を考えるようになったのは、どんなタイミングだったのでしょうか?

もともと子どもの頃から『ザ!鉄腕!DASH!!』や釣り系のYouTubeチャンネルを見るのが好きで、「将来は田舎で暮らしたい」という憧れがずっと心のどこかにありました。

大学卒業後は、釣りのYouTubeを始めたことで情報発信の楽しさを知り、「まずは経験を積もう」と東京の広告代理店に就職しました。

当時は、荒川や隅田川で毎日のようにシーバスを狙う生活を2年間続けていたんですが、その一方で「田舎で暮らして、自分で釣った魚を食べながら生きたい」という思いもずっとあって。

ちょうど仕事が忙しくなってきた時期と重なって、「もう、本当に移住したいな」と思うようになりました(笑)

移住を決めてから動くまで

下見ゼロ、土地勘ゼロ。それでも“ここだ”と思えた。

——実際に移住を決めてからは、どのように動いたのでしょうか?

僕の中では、「移住=地域おこし協力隊」というイメージが強くて。なので、迷うことなく地域おこし協力隊の募集ばかり探していました。

長崎や和歌山など、釣りで有名な地域の募集も見ていたんですが、なかなかピンと来なくて。そんな時、たまたま徳島県の募集で「情報発信・YouTube編集」という、自分にぴったりな内容を見つけたんです。

Googleマップで調べてみたら、海も近くて雰囲気も良さそうだったので、「ここだ」と思って迷わず応募しました。

——面接や採用までは、どんな流れだったんですか?

当時はちょうどコロナ禍だったので、面接はすべてリモートでした。そのまま採用していただいて。

じつは、その時点では四国にすら行ったことがなかったんです。現地の下見も一切しないまま、着任の数日前に初めて徳島へ来て、そのまま移住しました。

移住後の日常になった釣り

釣りは“特別な遊び”から、“暮らしの一部”になった。

——移住してから、釣りの頻度やスタイルにはどんな変化がありましたか?

東京時代は、シーバス狙いなら自転車で10分ほどでポイントに行けたんですが、海へ行くとなると休日に電車や自転車で1〜2時間かけて通っていました。せっかく来たからと、5時間くらいぶっ通しで釣りをすることも多かったですね。

でも今は、長くても30分くらいでサクッと済ませるスタイルに変わりました。

というのも、移住して2年目くらいから友人や知人が増えて、阿波踊りやサーフィンなどにも誘われるようになったんです。

釣り以外の選択肢が増えたことで、意外と忙しくなりました(笑)。

——とくに気に入っている釣り場やシーズンはありますか?

徳島は、季節ごとにちゃんと魚が回ってくるのが魅力ですね。

初夏にはシオの回遊があって、「シオが釣れると夏が始まるな」という感覚があります。秋はカマス、夜はアジ。春はメジロなどの大型青物も狙えます。

「今の季節はこれを釣って食べたい」と思った魚を、実際に狙って釣れる環境があるのは、東京時代とは全然違うなと感じます。

さんくんのある1日

時間内容
5:00起床。朝マズメの釣り、または海へサーフィンに行く。
7:30帰宅。お弁当の準備。
9:00仕事へ。
17:30退勤。夏は日が長いため、そのまま夕マズメのメッキ釣りやサーフィンへ。
20:00帰宅。釣れた日は魚をさばいて食べたり、保存したりする。
22:00就寝。

「こんなはずじゃなかった」も?

楽園にも、ローカルの空気と自然の厳しさがあった。

——移住してみて、「こんなはずじゃなかった」と感じたことはありますか?

最初は、「どこでも釣りができて最高だな」と思っていたんです。でも、ローカルの方が集まる堤防へ行った時に、動画を撮ってSNSで発信していたことを注意されたことがあって……。

情報発信との距離感については、一時期かなり悩みました(汗)。

あとは、天候の厳しさと、「意外と簡単には釣れない」ということですね。

移住する前は、「海が近いし、行けば何かしら釣れるだろう」と思っていたんですが、実際はその時期に釣れる魚をしっかり見極めて狙わないと、普通に釣れないことも多くて。

そういう“魚を読む感覚”みたいなものは、東京時代よりかなり鍛えられたと思います。

——逆に、想像以上に良かったことはありますか?

いろんな種類の釣り文化を知れたことですね。

例えば、磯釣りの渡船にたくさんの釣り人が集まっている光景は、最初かなり衝撃でした。

アオリイカ釣りもそうですし、東京ではあまり見なかった釣りや、存在すら知らなかった釣りにたくさん出会えました。

「海の近くに住む」って、単純に釣りが増えるだけじゃなくて、釣りの世界そのものが広がる感覚なんだなと思いました。

釣りと暮らしのこの先

移住して終わりじゃない。釣りも暮らしも、まだ広がっていく。

——これからやってみたい釣りや、暮らしの展望はありますか?

今年、初めてアマゴが釣れたので、これからは渓流釣りをもっとやってみたいと思っています。あとは、アユ釣りにも挑戦してみたいですね。

暮らしの面では、漁師さんとの関わりが増える中で、市場に出回らない「未利用魚」を目にする機会も多くなりました。そういった魚を、何かうまく活かせないかなと最近は考えています。

釣り道具も、移住当初はショアジギング用と鱒レンジャーくらいしか持っていなかったんですが、いろいろな魚種を狙う中で釣りへの解像度が上がっていって。

今では、フカセ釣りから渓流用まで、一通り揃ってしまいました(笑)

——最後に、“釣り移住”に興味がある人へメッセージをお願いします。

釣り好きなら、移住は本当に天国なので、興味があるなら絶対に挑戦した方がいいと思います!

仕事も、選ばなければ意外とありますし、田舎だからこそ農業や漁業といった選択肢もあります。

地域おこし協力隊は、移住するためのひとつの手段としてすごく良い制度だと思います。

ただ、「町を変えなきゃ!」と気負いすぎるよりは、自分の好きなことを続けながら、その土地に自然と根付いていく——くらいの感覚でもいいんじゃないかなと思います。

気負わず自然体に楽しむ、さんくん流の移住ライフ

地域おこし協力隊としての任期を終えた現在も、さんくんは活動を通じて縁のあった会社へ入社し、地域に関わる仕事を続けています。

「釣りがしたい」という純粋な思いから始まった移住生活。ですが実際に暮らしてみると、地域とのつながりの中でサーフィンなど新しい趣味とも出会い、さらに多種多様な釣りに触れることで、自身の“釣りの解像度”も大きく深まっていったといいます。

「仕事は選ばなければある」

「気負いすぎず、その土地に定住できればいい」

そんな肩肘張らない自然体のスタンスこそが、地方で“釣りのある豊かな暮らし”を長く楽しむ秘訣なのかもしれません。


撮影:DAISUKE KOBAYASHI

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