お気に入りの釣り場が禁止になった

最近、僕が大好きだったイカ釣りの漁港が、釣り禁止になりました。
理由のひとつは地域住民と釣り人とのトラブルです。
釣り人の中には、残念ながら「ここで釣りをさせてもらっている」という意識を持てない人もいます。
その結果、たったひとつのトラブルが、ひとつの釣り場を消してしまう。大好きだった場所がなくなるのは、単純に悲しいです。
子供のころは普通に釣りができた

僕が子供の頃は、琵琶湖の漁港やため池で普通に釣りをしていました。
当時は、釣りができる場所がまだまだたくさんあったのです。
しかし、だんだんと釣り禁止の場所は増え、コロナ禍でさらに拍車がかかり……このまま釣り場が減っていくんだという風潮が「当たり前」になっている。
……よく考えてみると、ほんの15年くらいの話です。
ビックリマン高田
今はどんどん厳しくなっています。社会全体のコンプライアンスに対する意識が変わってきたことも大きいでしょう。
なぜオカッパリはどんどん難しくなるのか

そもそも、基本的に私有地は勝手に釣りをしていいわけではありません。
今まで黙認されていた場所でも、何かトラブルが起きれば「禁止にしよう」となる。国や自治体が管理している場所も同じです。
管理する側からすれば、事故やトラブルが起きたときのリスクを考えれば、釣りを禁止するという判断は当然の選択肢になります。
そして、一カ所が閉鎖されると、そこにいた釣り人が別の場所へ移動する。今度はそちらが混雑して、また問題が起きる。
そうやって少しずつ釣り場が減っていき、最終的には自治体全体で釣り人を締め出すような流れになる可能性もあります。
川なら、河川敷など公共の場所では比較的釣りがしやすいですが、橋の周辺でのキャスト、人にルアーを当てる危険性、駐車の問題、騒音など、別の問題が出てきます。
消波ブロックのように、そもそも事故の危険性が高い場所もあります。
ビックリマン高田
「釣りをしていい場所だから大丈夫」ではなく、釣りをすることによって発生するリスクそのものが問題になることもあるわけです。
これは日本だけの話ではない

海外に目を向けてみると、シンガポールやオーストラリア、アメリカなどでも、私有地の扱いや土地の管理、地域ごとのルールなどによって、岸から自由に釣りをすることが難しい場所があります。
つまり、オカッパリの釣りが自由にできるというわけではない。これは世界共通なのです。
ビックリマン高田
例えば釣り場が有料化されたり、駐車場が整備されたり、最悪の場合、釣り禁止になったり……
いずれにせよ、日本でもオカッパリを取り巻く環境は少しずつ変わっていくでしょう。
だから僕は遊漁船に乗る

じゃあ僕自身はどうしているのか。最近は、遊漁船に乗ることも多いです。
理由はシンプルで、持続可能だから。
遊漁船なら、決められたルールの中で堂々と釣りができます。船長や事業者にお金を払って釣りをするので、その地域にもお金を落とせる。
もちろん、遊漁船にもさまざまなルールや課題はあります。
それでも「釣りをする場所を維持するためにお金を払う」という仕組みは、これからの釣りにとって重要になってくると思います。
ビックリマン高田
ただし、遊漁船は誰でも気軽に乗れるわけではありません。お金もかかります。
だから、すべての釣り人が遊漁船に乗ればいいという話でもありません。
釣り禁止の流れを緩めるためにできること

僕は、これから釣り禁止が増えていく流れそのものを完全に止めるのは難しいと思っています。
なぜなら、いろんな人がいるからです。どれだけマナーを守る釣り人が増えても、残念ながら悪質な行動をする人が一定数出てくるのは釣りに限った話ではありません。
事故やトラブルが起きれば、それをきっかけにルールが変わる。
そして一度できたルールを元に戻すのは、ものすごく難しい。
ビックリマン高田
だから僕は、「釣り禁止をなくそう」と考えるより、釣り禁止の増加を少しでも緩やかにするにはどうすればいいかを考えたほうが現実的だと思っています。
地域の人とコミュニケーションを取る

そのために一番大事なのは、地域の人とコミュニケーションを取ること。
釣り場の近くに住んでいる人たちと、いい関係を築くことが大切です。
ゴミを捨てない。騒音を出さない。迷惑な駐車をしない。禁止されている場所に入らない。そして、普通に挨拶する。釣り人からすれば当たり前のことでも、地域の人から見れば「釣り人が来ると迷惑」という印象になってしまうことがあります。
だからこそ、地域の人から見て「釣り人=怖い、迷惑な人」ではなく、「釣り人って、普通に感じのいい人たちなんだな」と思ってもらうことが大切なんだと思います。
ビックリマン高田
相手の立場になって考えれば、当たり前のことなんですけどね。
これからは「お金を払って釣りをする」時代になる

そして、もうひとつ大事なのが、お金を払って釣りをすることに慣れることです。
例えば1,000円、2,000円。そのくらいのお金を払うことで釣り場が維持されるのであれば、僕は払って釣りをしたい。
清掃協力金を取っている漁港ならそこで釣りをする。遊漁券が必要な場所なら、きちんと遊漁券を買う。駐車場が必要なら、コインパーキングに停める。
もちろん、お金を払えば何をしてもいいわけではありません。
でも、釣り人がお金を落とすことで、地域にとって釣り人が「迷惑な存在」ではなく、「地域にお金を落としてくれる存在」になる可能性がある。これは大きいと思います。
ビックリマン高田
そして僕たち自身も、「釣りは無料でできるもの」という感覚から少しずつ変わっていく必要があるのかもしれません。
たった一人のトラブルで釣り場はなくなる

僕が今回改めて思ったのは、釣り場を守るためには「禁止反対」と声を上げるだけでは足りないということです。
たった一人の釣り人が地域の人と問題を起こすだけで、その釣り場そのものが閉鎖されることがあります。だったら逆に、もっと多くの釣り人がフレンドリーであればいい。
「釣り人が来てくれてよかった」と思ってもらえるような行動をする。
ビックリマン高田
一人の悪い行動で釣り場がなくなるのなら、多くの釣り人のいい行動で、釣り場が残っていく可能性もあると思っています。
オカッパリを残すために、自分自身が変わる

これから先、オカッパリが今までと同じようにできるとは、僕は思っていません。
むしろ、今より難しくなっていくと思っています。
だからこそ、「昔は無料でどこでも釣りができたのに」と言い続けるだけではなく、自分自身が新しい時代の釣りに慣れていくしかない。
釣り禁止の流れそのものを、完全に止めることはできないかもしれません。でも、そのスピードを少しでも緩やかにすることはできるはずです。
「この釣り人なら、また来てもいい」
そう思ってもらえる釣り人を、一人でも増やしていくこと。
ビックリマン高田
それが、これからのオカッパリを少しでも長く残していく方法なんじゃないかなと思っています。
撮影:ビックリマン高田
本記事で使用している画像の一部は、画像生成AIを使用して作成しています。AI生成画像に描かれている人物や場所などはイメージであり、実在の人物・場所を示すものではありません。
