死滅回遊魚とは|生まれ故郷に生きて帰れない海流に流された魚達
死滅回遊魚(季節来遊魚)について
死滅回遊魚とは、『生まれた地点とは違う気候の海域にたどり着いてしまい、季節変化によって死んでしまう魚』を意味します。
例えば、海水温の高い季節に沖縄で産まれた熱帯魚の卵や稚魚が、黒潮や対馬海流に乗って本州までやってくることがあります。
「えッ?!そんな遠くから流されてくることなんてあるの?!」って思うかもしれませんが、海流の速さについては後程ご説明しますね。
本州まで流れ着いた死滅回遊魚の悲しい運命
本州に流されてきた熱帯魚たちは、晩秋から初冬までは本州で暮らすことができますが、冬になり低水温(概ね15℃前後)になると極端に動きが鈍くなり、死んでしまいます。
実際には低温が直接的な死因になることは稀なようで、多くの場合は動きが遅くなった段階でアオリイカやウツボといった肉食魚の餌食になっているようです。
余談になりますが、自らの行動で移動できないことから『回遊』には当てはまらないこと、『死滅』は印象が悪い言葉であることから、近年では「季節来遊魚」と呼ばれます。
ちなみに、学術的には「無効分散」という言葉が使われます。
黒潮(日本海流)や対馬海流に乗ったら最期…故郷には帰れません
沖縄など、南の海域で産まれた一部の魚達は、卵や稚仔魚の時に最大流速・時速7kmにもなると言われる海流の流れに乗ってしまい、本州沿岸へと運ばれます。
冬になれば、生まれ故郷に泳いで帰れば良いじゃん! って思うかもしれませんが、本州沿岸を流れる海流は一方通行なため、小さな魚や遊泳力の低い魚は海流に逆らって泳ぐことができません。
時速7km(3.8ノット)を侮るなかれ
試しに極端な計算をしてみましょう。時速7kmという早歩き程度の速度で移動すると、24時間で168kmも移動することになり、10日あれば1680km(東京-那覇:約1500km)もの距離を移動する計算になります。
『自力で泳げるようになる頃には伊豆半島でした(泣)』なんて運命を辿った魚たちが死滅回遊魚と呼ばれる訳ですね。
台風の影響を受けることも
海流以外にも、死滅回遊魚の移動経路には台風や大型の低気圧による波風も影響していると考えられています。
初夏に生まれ夏に本州に流れ着いた死滅回遊魚は、活発に活動できる水温の間は一生懸命に成長し、種類によっては釣り人やダイバーを楽しませてくれる存在になります。
それでは、実際に死滅回遊魚にはどんな種類の魚がいるのかご紹介いたしましょう。
誰でも知っている『あの魚』もじつは死滅回遊魚
クマノミの仲間
熱帯魚の代表格とも言えるクマノミは、夏から秋にかけて本州に来遊する死滅回遊魚です。
沖縄に行かないと出会えないと思われがちなクマノミですが、伊豆半島や紀伊半島など本州南岸でも観察できる魚なんですよ。
チョウチョウウオやツノダシの仲間
クマノミと同じく、水族館などで人気者なチョウチョウウオやツノダシの仲間も死滅回遊魚です。
チョウチョウウオやツノダシは、サビキ釣りやフカセ釣りの外道として釣り上げられることもありますよ。
ハリセンボンの仲間
意外と知られていない死滅回遊魚として紹介したいのが、ハリセンボンです。
誰しもが一度は名前を聞いたことがあろうこの魚もじつは暖かい海に生息する魚で、本州では死滅回遊魚なんですね。
釣り人にとって身近な死滅回遊魚『メッキ』の種類について
ギンガメアジのメッキ
アジの仲間の死滅回遊魚を総称して「メッキ」と釣り人は呼びます。
秋から初冬にかけて15~30cm程度に育ったメッキをポッパーやミノー、ジグやワームなどのルアーで狙うのが一般的ですね。
もっとも釣獲確率が高いのはギンガメアジの幼魚でしょう。エラ蓋にある小さな黒斑で他のメッキと区別することができます。
尾びれのふちが黒いのもギンガメアジの幼魚の特徴です。
ロウニンアジ(GT)のメッキ
多くの釣り人にとって憧れの魚であるロウニンアジ(通称:GT)のメッキも、本州に死滅回遊魚として来遊します。
尾びれの下側が黄色く、オデコの角度(吻の前縁)が急なのがロウニンアジの幼魚の特徴です。
オニヒラアジのメッキ
ロウニンメッキとよく見間違えられるのが、オニヒラアジの幼魚です。
オニヒラアジはオデコの角度が緩く、ロウニンメッキよりも細長い顔をしています。
カスミアジのメッキ
カスミアジの幼魚は、胸鰭が黄色いかわりに尾びれは黄色くないことから他の3種と見分けることができます。
種類を見分けながら、コレクションのようにいろいろなメッキを釣るのも楽しみ方のひとつですね。
▼メッキ釣りの魅力や釣り方についてはコチラの記事
意外な死滅回遊魚をご紹介
ソデイカ(タルイカ/アカイカ)
沖縄や小笠原など暖かい海に生息し、最大で20kg以上に成長するソデイカ(タルイカ/アカイカ)も、日本海側で死滅回遊魚として扱われています。
ソデイカの寿命は1年程度と考えられており、沖縄などでは通年産卵することが知られています。
日本海の沿岸では、冬になると寒さに耐えきれず死んでしまったり、弱ったソデイカが海岸に漂着したりしますね。
フエダイやハタの仲間(意外と死滅しないことも……?)
ヨコスジフエダイやクロホシフエダイ、チャイロマルハタなど、南方系のフエダイやハタの仲間も死滅回遊魚として知られています。
しかし死滅回遊魚でありながら、越冬する種類の魚が近年多く確認されています。
お察しの通り……このような死滅回遊魚の越冬は、暖冬や海水温の上昇が原因と考える人が多いようです。
生き物たちの生存戦略|死滅回遊は必ずしも無駄死にではない
死滅回遊を繰り返す理由
一見すると無駄死にを繰り返しているかのように感じる死滅回遊魚たちですが、視点を変えると未来への投資と捉えることもできるんです。
周期的に上下していると言われる海水温の変動に、いち早く適応し生息場所を変えたり広げたりするための戦略と考えると、非常に野心的な生態に感じますよね。
気候変動に対応できる種が生き残る
現存する生き物たちは、様々な環境変化に対応し生き残ってきた、言わばエリート集団です。
様々な進化や生存戦略の中で、メッキやクマノミなどが取っている作戦が今は無効と思われがちですが、いつか有効になるであろう分散なのです。
実際に、近年の海水温の上昇により各地で死滅回遊魚が越冬したという報告が相次いでいます。
近年、越冬する死滅回遊魚が増えてきているという話について
伊豆半島でロウニンアジが釣り上げられる
近年、太平洋沿岸では本来は生息していないような大きさの死滅回遊魚が釣り上げられたり、ダイビングで観察されたりしています。
東京湾や名古屋港などの温排水周りで越冬するメッキがいることは、一部の釣り人の間では有名な話ですが、このロウニンアジはなんと伊豆半島で釣獲されました。
各地で釣り上げられるチャイロマルハタやヤイトハタ
南方系のハタとして知られる、チャイロマルハタやヤイトハタなどの釣獲情報も静岡県から千葉県にかけての沿岸域で、目にするようになってきています。
近年起きているとされる太平洋沿岸の冬季の海水温の上昇は、一過性の現象なのかある程度長期間続く現象なのか、誰にも分かりません。
もしかしたら、今まさに、無効分散が有効分散に変わる過渡期かもしれませんね。
これからも増えるであろう死滅回遊魚の越冬をどう考えるか
普段から海に接している僕たち釣り人は、海水温の上昇による具体的な変化に気づき始めています。
これから10年30年先の未来がどうなっているのか、簡単には想像できませんが、僕たち人類も生存するために何か戦略を立てないといけない時期に差し掛かっているのかもしれませんね。